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徳を積みたいなら「余白」があった方がいい

 

「徳を積む」とは

仏教の教えの一つで、
日々善いことを行うことで不徳を許してもらったり
自分の幸せを願うためのものという意味があります。

善いことを行い続ければ、
天がそれを見ていて幸福を授けてくださるという
教えからきています。

 

私は、特に宗教にこだわりがある訳ではなく
クリスマスになればケーキを囲んでお祝いするし
お正月は神社に行き、実家に帰れば仏壇にお参りをするという
日本人によくあるスタイルですが、

仏教の考えや禅語などにヒントを頂くことも多く
「徳を積む」という教えはしっくりきており、
生かされている限り徳を積んで行きたいと思っています。

 

 

わかりやすく徳を積める事の例として
「目の前に困っている人がいたら手助けをする」事。

でも、困っている人周りにいますか?
今の世の中困っている人が目の前に現れたら
チャンスなんです。

ありがたく徳を積ませてもらいましょう。

手伝って欲しい
助けて欲しい
知恵を貸して欲しい
話を聞いて欲しい

そんな人に手を差し伸べられるかは
その人の器量次第。

余裕もなく自分の事でいっぱいいっぱいの人に
助けてとは言いずらいですよね。

最近、友達の赤ちゃんを良くお預かりするのですが
数年前の私だったら余裕もなく
預かりたくても物理的に無理という状況でした。

きっとその時の私には言いにくかっただろうなと
思うのです。

今もお仕事は沢山させて頂いていますが
時間の使い方もだいぶん上手くなってきて
こうやって、人様のお役に立てることも少しずつ出てきました。

だから、頼ってもらいたい!
そう思うなら自分を常に満足しておくことが
大前提だし、
そこに時間やお金や心の余白を置いておくことが重要なのです!

 

 

では、余裕がないと徳を積めないのか?
と言うとそれは違って。

陰徳というものがあります。
陰徳とは、
人に知られないように良い行いをすることです。
人が見ているからではなく、見てないところで
人に見られないようにゴミ拾いをしたり、
寄付をしたりなどが陰徳となります。

 

 

こんなことしてます!とアピールするより
よっぽどカッコいい。

誰も見てないけど神様は見てるよ!は本当で
見返りを求めずに動いたエネルギーは必ず
自分に帰ってきます。

人が見てないところで徳を積みながら
人にも頼ってもらえるような
うけっぷりがいい女になりたいものですね。

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© 2021 Fukiko Sakamoto